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花まる日和。

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採れ過ぎて困っていたミニトマトを大量投入して、トマトソースを
作ったDAISYさんです。
こんばんは。

 自家製ミニトマトは皮が厚くて、ソースにしてもその皮がしぶとく
残っていたのだけれど、まだ少し歯ごたえの残るズッキーニと、
自家製ナスと、自家製バジルとでおいしいソースができました。
少し唐辛子を加えてアラビアータ風に
ペンネにからめて頂きました。

 グラスに注がれた赤ワインが揺れるのを見ながら
自家製野菜の料理をいただけるというのはこれは
所謂ひとつの人生の至福の瞬間なのではないか
などと思いながらですね。





さて。
アメリカ人J君がやってきた。

 彼は日本が長くて日本語は私の英語力が足元にも
及ばないほど上手です。
特に日本語の発音がとてもきれい。

そして身長2メートルくらいある。超デカい。
うちの天井が低くてすみません・・・・。

今まで何回も一緒に飲んだことはあったのだけれど
三人で話すのはこれが初めて。
(因みにJ君は私のことをまだこどもだと思っていた。) ←どうぞ笑っておくんなまし。よくあることですし。


そのJ君、今まで日本に来てから意識してなるべく外人とはつるまないようにしていたそう。
せっかく日本に来て必死で日本語勉強しているのに
外人とばかり話していたら、なかなか日本人と知り合う機会もないということで。

 それが近頃随分外人だけで出かける機会が増えたらしく
日本人の(特に外人さんの前では顕著だと私は思うけれど)
律儀さとか生真面目さ、(表面上の)優しさ、礼儀正しさ
みたいのに慣れていた彼は

欧米流の「オレオレ!オレ!」
的な自己表現に辟易してしまったらしい。
少し前までアメリカに住んでいた時は
その「オレオレ」自己表現の中で彼も生きていたわけだけれども
この日本の「お先にドウゾ」的な文化風習の中で
時にその曖昧さ、奥ゆかしさに歯がゆさを覚えつつも
すっかり慣れてしまっていたというわけなのでしょう。

J君は
「オレ、HUCKLEBERRYからはそういうイメージ一切うけないけど。」
と前置きしていましたが
そうなんですよね。
HUCKLEBERRYさんはほんと、穏やかというかタレ目というか
確固たる自分の信念を持っているわけですが(例:肉を食べない)
それを人に押し付けたりしないし、自分の考えが素晴らしく正しい
と天狗になったりしない。
ずっと一緒にいるわたしだって、話を遮られたりしたことは
記憶にアリマセン。

もし皆が言っている通り「オレオレ」文化が彼の故郷に存在するのであるならば
一体どうやってそこで自己表現をしてきたのか心配になってしまうほど
タレ目的穏やかモードです。

まあ、そんな彼だからこそ日本人の「まったり」感が合うのかもしれませんけれども。

(日本人は物事の本質について話をしない、形式的なことばかり重んじすぎ!と批判もしてますが、自分がいかに正しいか、どうやって相手を言い負かそうかいつも考えている
多数のアメリカ人と話すよりよっぽどましだとも言うし)

なので私はJ君の言ってることがとてもよくわかりました。
実際私は今までJ君と何度か出掛けたことがあったのだけれど
いつも複数の外人が一緒で、そのときはみんな自分の意見が
ワンダフルでグレイトだということを証明しようと必死になっている中で
彼もものすごく必死に早口で話しているイメージがあったのですが
私とHUCKLEBRRYちゃんと三人で話している時の口調はとても
穏やかで落ち着いていたのです。

J君の話にじっくり耳を傾けてからゆっくり話し出すHUCKLEBERRYちゃんを
見て

・・・・いい人だなあ・・・・

と思い。

(スイマセン。自分のダーリンほめてすいません。)

一人で何年も日本で頑張ってるJ君をすごいなあと思ったりした。

そして話しているとJ君も元はベジタリアンだったことが判明。
でも日本でどうしてもお肉を食べなきゃいけない環境が
多すぎて、少し食べ始めたらまた戻ってしまったんだって。

その人個人の思想、価値観を尊重できない環境は悲しいなあと
つくづく思う。
アメリカの個人主義はそれはまた徹底していて、ときに
多くの問題を生むのだろうけれど
日本の和を重んじる風習もときに個人の独自の個性の突出を
許さないというかね、それを私最近とみに感じて背筋が寒くなることもあります。
ベジタリアンの外人さんが日本に来て、日本でベジタリアンは、無理だ・・・
(実際私が知ってるだけで既に3人います)
と感じてしまうのは悲しい。
日本では、異論があっても何でも上には逆らってはいけない
ただひたすら従うのみ。
と思われるのも悲しい。のびのび生きていた彼らが


出る杭は打たれる
と肌で感じ取ってしまうような環境が根付いていることが悲しいと思う。


 私は
特に長野に引っ越してきてから、自然が、そして風土が、
季節ごとの風習が
なんて美しいのだろうと思うようになった。

四季の移り変わりに彩られるように散りばめられた
先人たちの知恵が今日も変わることなく息づいてる
時代はこんなに変わってもまだ息づいてる
ってすごく胸に迫ってくるものがあるんだ。私には。



 J君は独学で日本語勉強して今本当に上手だけれど
私のいんちき採点だと「ペラペラペ」くらい。
(因みに私の英語レベルがペラくらいでHUCKLEBERRY氏の日本語は「0・5ペ」
 位。わかりにくい?すみません)


英語がネイティブランゲージの人々にとって日本語を学ぶのに
いい教材が本当になくて苦労したと切実に語ってました。

日本で英語を学ぶのは本当に簡単。
豊富な教材に、整った環境。
後は本人のヤル気。
少しの勇気と、たくさんの努力が必要。(だと思う)

でも外人が日本語を学ぶ時、その国の言語で日本語をわかりやすく
論理的に説明している教材が本当に少ないのだそう。

そしてJ君に
「DAISYちゃんは何で英語を勉強したの?どんな教材を使ったの?」


と聞かれ、固まるDAISY。




・・・えと・・・教材とか・・・一冊も買ったことないんですけれども




と小声でささやき沈黙。
そうなのです。私は教科書が嫌いな人間なため
(勉強するためにお金を払うのが嫌過ぎる人とも言う)
英語学習は全て

一冊の電子辞書でおこないました。


そのため未だに読み書きがひじょーーーーーーーーーーに不得手です。
(いいわけです。あくまでいい訳ですが
 過去完了とか過去分詞とか現在完了とか
 SとかVとかOとか
言われると私
平行線と角、内角と外角、多角形、
     合同、合同条件、証明-

「△ABCでAB=5,BC=6,CA=7のとき,△ABCの面積を求めよ。」
     
とか言われてるのと同じ気分で吐き気がこみ上げてくるんですよ。

はっきり言って生理的に受け付けないんです。  以上言い訳終わり)


英語を勉強している時に数学の勉強している気分になりたくないということが
私の英文法取得から逃げる最大のポイントかもしれません。








えと。なんだっけ







英語が得意な人々!

これは新たなマーケットですよ。
人々は日本語を学びたがっている(多分)

お金儲けをして且つ彼らを手助けするチャンスです!!
日本にいる多くの外人さんが「ニホンゴ ムズカシイ。 カンジ ワカラナイ。」

と言ってあきらめようとしています。

いとかなし。
何かいい教材が出るといいなあと思います。


J君が去った後HUCKLEBRRYちゃんが近寄ってきて

(つ´∀`)つ「DAISYちゃん、ボク思ったんだけど
「ブルーハーツで日本語を学ぼう」
て本出したらどうかな?すごい需要があると思うんだけど。」

と言ってました。

(((( ;゚Д゚)))


需要・・・・・ってあんたとふんどし君くらいのもんだとおもうけど・・・・



そういえば昔父上の本棚に「ビートルズで英語を学ぼう」
て本があったなあと思い出したDAISYでした。おやすみなさい。
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by liar-basho | 2007-09-12 20:24 | 国際結婚
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